人は125歳まで生きられる!?
日本人の平均寿命は、劉生が78.07歳、女性が84.93歳です。
言うまでもなく日本は世界一の長寿国ですが、明治時代に「人生125歳説」を唱えた人がいました。
早稲口大学創立者・大隈重信がその人です。
彼は常々「人間は本来125歳までの寿命を有している。適当なる摂生をもってすれば、この天寿をまっとうできる」と自説を語っていました。
その根拠は、「生理学者の説によると凡ての動物は成長期の5倍の生存力をもっているという。そこで人間の成熟期はおよそ25歳というから、この理屈から推してその5倍、125歳まで生きられる」(大隈重信述「人寿百歳以上」)というものでした。
動物学的に言うと、人類の寿命は125年だそうです。
哺乳類は肉体の成長が終った歳の5倍生きられるといいます。
たとえば、馬の成長は5歳で終わりますから、その5倍の25歳が寿命です。
人は25歳で身体の成長が終わるので、25歳×5=125歳となります。
当時、この大隈重信の「人生125歳説」は非常な評判となり、時のジャーナリズムに何度も紹介されています。
「若し吾輩にして、此の125歳定命説を理解することが、もし今30年早かったならば」という言葉を残していますが、彼の日常生活は非常に規則正しく、早朝5時に起床、庭を1〜2時間かけて散歩し、夜9時には就寝しました。
大隈重信は貴族階級の富豪でしたが、質素な暮らしを貫き、その考え方は「何事も楽観的にみること、怒るな、貪るな、愚痴をこぼすな、そして、世の中のために働け」でした。
大隈重信自身は77歳で第2次大隈内閣を組織し、83歳まで生きました。
当時の日本人の平均寿命からしてもかなりの長寿であったといえます。
その後、動物の大小と寿命の長短の関係から論じた説や、人体の各種器官の構造上の相違から「寿命の長短説」などが論じられましたが、大隈重信の真意は、生理上の寿命もさることながら、「精神の力が体力に克つ」というところにあったようです。
「肉体を支配する精神、例えば肉体が健全であっても勇気のない者は病気である − 意思の力の閃「ひらめ)きが絶えず五体を支配して自己と言う精神が生々して来れば、必ず肉体はこれによって支配される。
勇気、反抗力、活動、この3か条を補うに適当なる摂生を以てすれば、必ずしも人生僅か50年というような情けない弱音を吐く必要はない」
というのが大隈重信の考え方でした。
科学の発達により、細胞の寿命は人間の生長期の5倍、およそ125歳まで生きられる可能性を秘めていることがわかりました。
しかしながら、大隈重信が論じて実践したように、規則正しい暮らしと適度な運動、そして精神的な充足がなければ机上の空論になってしまいます。
つまり、外見の若々しさだけにこだわり、心の若さをないがしろにすれば、真の意味でのアンチエイジングは成し遂げられません、外見だけこだわるなら、シワ取り手術をはじめとした整形外科的な方法に頼ることができます。
しかし、外科的な施術によって、外面を整えたとしても、身体そのものが不健康であれば、健康で長生きすることは到底無理な話でしょう。
お気に入りのブックマーク・RSSに登録 »
関連記事
サイトマップカテゴリー:老化とアンチエイジング
トラックバック(0)
http://www.loan-me.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/6304

